絵のない絵本 第三夜

絵本

絵のない絵本

Billedebog uden Billeder

クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen

katokt

 

街に住む貧しい絵描きの若者をなぐさめに、夜ごと月が、空の上から見たいろんな国のいろいろなできごとを物語ってくれた。生涯旅を愛したアンデルセンの短編集。

 

第三夜 

「向こうの街角のせまい通りで、あんまりせまいので私の光も家の壁にそって一分ほどしかとどかないところなのですが、その一分でも私にはどんなことが起きているかをみるには十分です。

 

そのせまい通りで、私はひとりの女性をみました。

 

十六年前にはその女性も子供で、田舎の古い牧師館の庭であそんでいました。バラのいけがきもかれ、花もしおれていましたが小道まで生いしげり、とげのある枝をりんごの木々の枝にまでのばしていました。

あちこちでバラの花がいくつか咲いていましたが、よくいわれるところの花の女王というほどではありません。ただ色と香りはなかなかのものでしたけど。

 

牧師の小さな娘のほうが、私にとってはずっと愛らしいバラにおもえました。その女の子はおいしげった生垣の下にこしかけて、使いふるされてぼろぼろになった人形にほおずりをしていました」

 

「十年後、ふたたび彼女をみました。はなやかな舞踏室にいたのです。お金持ちの商人の美しい花嫁となっていました。私も彼女の幸せを祝福し、静かでおだやかな晩には彼女のもとに訪れたものです。

だれも私のすきとおった目としずかなまなざしに気づく人はいなかったのですが。

 

それにあの牧師館の庭のバラのしげみのように、私のバラも伸び放題になっていました。日常生活にも悲劇はあります。今晩その最後の一幕を私はみたのです」

 

「そのせまい通りの一軒の家に彼女は横たわっていました。死にいたる病でした。冷酷な大家がやってきて、寒さから彼女を唯一守ってくれるうすい上布団をひきはがし、『起きろ』といいました。

『おまえの顔をみるとぞっとするくらいだ、さっさと起きて着飾って、おれのところに金をもってこい。じゃなきゃ道端にでもほうりだすぞ、いそげ、起きるんだ』 彼女は答えました。

『あぁ、死がわたしの胸をむしばんでるんです。どうか休ませてください』 しかし大家は彼女を無理やり起し、化粧させ、髪にはバラのかざりをさし、窓際の椅子にすわらせました。そしてそばにろうそくを一本ともして、出て行きました」

 

「私は彼女をみましたが、両手をひざにのせ身動きひとつせず座っていました。風がふき、開いた窓が大きな音をたてて閉じ、窓ガラスが一枚こなごなにくだけました。でも彼女はぴくりともしません。

カーテンに火がもえうつり、炎が顔をてらしだします。

私には彼女が死んでいるのがわかりました。開いた窓の側に死んだ女性が座っていて、それは原罪にたいする説教になっています。牧師館の庭から生えた私のかわいそうなしおれたバラ」

                                            

katokt(katoukui@yahoo.co.jp)

(c) 2003 katokt プロジェクト杉田玄白正式参加作品(http://www.genpaku.org/)

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