絵の無い絵本 第五夜

絵本

絵のない絵本

Billedebog uden Billeder

クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen

矢崎源九郎訳

 

街に住む貧しい絵描きの若者をなぐさめに、夜ごと月が、空の上から見たいろんな国のいろいろなできごとを物語ってくれた。生涯旅を愛したアンデルセンの短編集。

 

第五夜 

「きのう」と、月が言いました。

「わたしはそうぞうしいパリを見おろしていました。わたしのは、ルーブル宮殿きゅうでんの中のあちこちの部屋の中へ入りこんでいきました。

 

みすぼらしい身なりをした、ひとりの年とったおばあさんが――このお婆さんは貧しい階級の人でした――身分のいやしい番人の後について、がらんとした大きな玉座ぎょくざの間にはいってきました。

 

お婆さんはこの広間を見たかったのです。見ないではいられなかったのです。お婆さんがこの部屋までくるのには、なんどもなんども、ちょっとしたおくものをしたり、言葉をつくしてたのみこんだりしたのでした。
お婆さんはやせこけた手を合せて、まるで教会の中にでもいるように、うやうやしくあたりを見まわしました。
『ここだったんだ!』と、お婆さんは言いました。『ここだ!』

 

こう言って、金の縁飾ふちかざりのついている、立派なビロードの垂れさがった玉座に近づいて行きました。

『そこだ、そこだ!』とお婆さんは言いました。そしてひざをついて、まっかなじゅうたんにキスをしました。

お婆さんは泣いていたと思います。

 

『これはそのビロードじゃなかったんだよ』と、番人は言いました。そう言う番人の口もとには、微笑びしょうがただよいました。

『でも、ここでしたよ!』と、お婆さんは言いました。『こんなふうだったんですもの!』

『こんなだったかもしれないが』と、番人は答えました。『そうじゃないね。窓はたたきこわされ、戸はひっぱがされて、ゆかの上には血が流れていたのさ!

――だがね、あんたは、わたしの孫はフランス国の玉座の上で死んだと、言おうと思えば言えるんだよ!』

 

『死んだ!』とお婆さんはくりかえしました。――それからは、一言ひとことも話さなかったような気がします。ふたりは、まもなくその広間を出て行きました。夕暮ゆうぐれ薄明うすあかりが消えせました。

 

そのためわたしの光は、二倍に明るくなって、フランス国の玉座のまわりの立派なビロードの上を照らしました。きみは、そのお婆さんはだれだったと思いますか?――

わたしはきみに一つの物語をしてあげましょう。それは七月革命のときのこと、あの世にもかがやかしい勝利の日の夕暮だったのです。

 

一軒いっけん一軒の家が城砦じょうさいとなり、一つ一つの窓が堡塁ほうるいとなっていました。民衆はチュイルリー宮へ向って突進とっしんしました。女や子供たちまでも、戦う人々の中にまじっていました。

人々は宮殿の部屋や広間の中にし入って行きました。ぼろを着た貧しい小さな男の子がひとり、年上の人たちのあいだで勇敢ゆうかんに戦っていました。

 

しかしそのうちに、あちこちを銃剣じゅうけんでつかれて致命傷ちめいしょうを受け、とうとう床の上にたおれました。それは玉座の間での出来事でした。

人々は血まみれの男の子をフランス国の玉座の上に横たえて、傷のまわりにビロードを巻きつけました。血潮は王のまっかなじゅうたんの上に流れました。

 

そのありさまはまったく一つの絵でした! 華麗かれいな広間、戦っている人々の群れ!
引裂かれた旗は床の上に落ちていました。三色旗は銃剣の先にはためいていました。そして玉座の上には、青ざめてきよらかな顔をした貧しい男の子が、眼を天へ向けて横たわっていました。

手足は死との戦いのために、もうぐったりとしていました。あらわな胸、みすぼらしい着物、そしてその上を半ばおおっている、銀のユリの花のついた、立派なビロードのひだ。

 

この子がまだゆりかごの中にいたころ、そのそばで『この子はフランス国の玉座の上で死ぬだろう!』という予言がなされていたのです。母親の心は、新しいナポレオンをゆめみていたのでした。

 

わたしの光は、その子のお墓の上の不滅花むぎわらぎくの花輪にキスをしたものです。そして今夜は、年とったお婆さんのひたいにキスをしました。そのときお婆さんは、きみが絵にすることのできる『フランス国の玉座の上の貧しい男の子』の絵を、夢にみていました」

                    

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底本:絵のない絵本

出版社:新潮文庫、新潮社

初版発行日:1952(昭和27)年815

入力に使用:2008(平成20)年730105

入力に使用:2008(平成20)年730105

備考:1987(昭和62)年12566刷改版

 

 

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