絵のない絵本 第九夜

絵本

絵のない絵本

Billedebog uden Billeder

クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen

katokt

街に住む貧しい絵描きの若者をなぐさめに、夜ごと月が、空の上から見たいろんな国のいろいろなできごとを物語ってくれた。生涯旅を愛したアンデルセンの短編集。

 

第九夜

空気はふたたび澄みわたっていました。

幾夜がすぎ、月は上弦になっていました。

ふたたびお月さまはわたしにスケッチの輪郭を語ってくれました。

 

お月さまの話をきいてください。

 

「私は北極鳥と泳いでいる鯨を追って、グリーンランドの東端まできていました。

荒涼とした氷に覆われた岩々と暗い雲が谷にたちこめています。そこには小さなやなぎとヒロハヘビノボラズが緑に装い、花をつけたセンソウが甘い香りを漂わせていました。

 

私の光はぼんやりとしていて、茎からちぎれて何週間も流れにただよったすいれんのように私の顔は青白くなっていました。

 

王冠の形をしたオーロラが夜空にはげしく燃えています。

オーロラの輪は大きく、そのまわりでは光線が夜空全体に何本もの火柱のように放たれていました。

オーロラは、緑から赤へときらきら色を変えながらきらめていました。

 

氷におおわれた場所に住んでいる原住民たちはダンスとお祭りのために集まってきています。ただかれらはそういったすばらしい見ものには慣れっこで、わざわざ目をやったりはしません。

 

「死人の魂は、セイウチの頭でボール遊びをさせておけばいい」という迷信を信じていたのです。かれらのすべての関心は歌とダンスに向けられていました。

 

輪の中心では、一人のグリーンランド人が毛皮の上着をぬぎすて、小さな縦笛をもち立っていました。かれはアザラシ狩りの歌を演奏しました。まわりのコーラスがそれに「エイ、エイ、ヤ」と合いの手をいれています。白い毛皮をきて輪になっておどっているさまは、まるで北極熊がダンスをしているかのようでした」

 

「そして裁判が行われました。争っていたグリーンランドの人たちが前に進み出て、被害を受けたものが前に出て相手の非を縦笛の音楽にあわせてダンスしながら即興で歌い、物笑いの種にするわけです。

相手もするどい皮肉でもってそれに答え、観衆はわらいながら評決を下します。

岩々が動き、氷河がきしみ、大量の氷と雪がくずれおち、こなごなに砕けました。

 

すばらしいグリーンランドの夏の夜でした。

100歩ほど向こうに革のテントがあり、一人の病人が横たわっていました。まだ温かい血には生命がかよっていましたが、この男は死ぬ運命なのでしょうか?

 

男は自分でもそれを感じていましたし、男のまわりをとりかこんでいたものも全員それを知っていました。だから男の妻はすでに体の周りに毛皮の覆いを縫いつけていました。死んだ後、死体にさわらなくてもすむようにです。

 

妻は尋ねました。

 

「岩にうめてほしいの、それとも固い雪の中に? その場所をあんたのカヤックと矢でかざりたてるよ。祈祷師がその上でおどってくれるだろうよ。それとも海に沈めたほうがいいかい?」

「海に沈めてくれ」男はささやき、悲しげな笑みをうかべうなずきました。

「あぁ、海は夏には心地いいテントだものね」妻も口にしました。

「何千というアザラシがそこでたわむれてるし、セイウチも足元でよこたわり、安全ですてきな漁ができるだろうよ」泣き叫ぶ子供たちが、死体を海へと運んでいくために窓の穴から覆いをはずしました。

 

大波がうねる海に、そこは生きているときは食べ物をもたらし、今死んでからは休息の地となるわけです。

男の墓は浮かんでいて常に形を変える氷山で、その上でアザラシが眠り、コアシウミツバメがきらきら光るその天辺の上を飛んでいくのです」 

                 

katokt(katoukui@yahoo.co.jp)

(c) 2003 katokt プロジェクト杉田玄白正式参加作品(http://www.genpaku.org/)

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