絵のない絵本 第十夜

絵本

絵のない絵本

Billedebog uden Billeder

クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen

katokt

街に住む貧しい絵描きの若者をなぐさめに、夜ごと月が、空の上から見たいろんな国のいろいろなできごとを物語ってくれた。生涯旅を愛したアンデルセンの短編集。

 

第十夜

「私はひとりのおばあさんを知っていました」

お月さまは話しだします。

 

「彼女は冬になるといつも黄色のサテンを羽織っていました。それはいつも流行のもので、それが彼女が唯一流行についていってると思っているものでした。

夏になると、同じむぎわらぼうしをかぶります。そして私は、いつも同じ青灰色のドレスを着ていたと本当に信じています」

 

「おばあさんは、通りの向こう側の昔からの親友のところまで行く以外は外出しませんでした。

 

ここ数年は、親友が死んでしまったので、それさえしません。

 

ひとりぼっちですが、おばあさんはいつも窓際で忙しそうにしていました。窓際ではフェルトの上に、夏は小さな花々が飾り立てられ、冬はカラシナが育てられています。

 

ここ数ヶ月は、おばあさんを窓際でみかけることもありませんでした。

 

ただ彼女は生きていますし、私にはそれがわかっています。

 

なぜなら私はまだ彼女が『長い旅路』につくのを見ていないからです。『長い旅路』とは、おばあさんが親友とよく話していたことでした。『そう、そう』おばあさんはよく言っていたものです。

『死ぬときには、一生の中で一番長い旅をするのよ。わが家の墓はここから六マイルもはなれていて、わたしはそこに運ばれ、家族や親戚といっしょに眠ることになるわけ』

 

昨晩、一台の馬車がその家の前に停まりました。

 

ひつぎが運び出されてきます。私にはおばあさんが亡くなったことがわかりました。ひつぎの周りにはわらがしきつめられ、馬車は走り出しました。

 

そこには、ここ一年は一度も外にでたことがなかった物言わぬおばあさんが眠っていました。

 

馬車は楽しい遠足にでもいくみたいに軽やかに街の門をくぐりぬけました。街道ではペースはさらに上がりました。御者はときどきあたりを不安そうにみていました。

私が思うに、黄色いサテンの上着をきたおばあさんがひつぎの上に座ってるのでも想像したんでしょう。

 

御者はびくびくしていたので、考えなしに馬たちをいそがせました。

手綱をあんまりつよく持っていたので、かわいそうな馬たちはあぶくをだしている始末です。馬たちはまだ若くて、元気いっぱいでした。

 

一匹の野うさぎが街道にでてきて、馬たちを驚かせ、そして馬たちは猛烈な勢いではしりだしました。

 

落ち着いたおばあさんは、何年も何年もきまった場所をしずかに行き来していたのに、死んだ今になって街道の木や石でガタガタさわがしくしているわけです。

 

わらをかぶったひつぎが、馬車から転げ落ち、街道に置き去りになりました。

にもかかわらず、馬たち、御者、馬車はものすごいスピードで走り去っていきました。

 

ひばりが野原からとびたち、さえずりの声をあげました。ひつぎのところに立ち寄って、朝をつげているみたいです。

ひつぎの上にとまり、覆い被さっているわらを取り除こうとでもするようにつついています。ひばりは再びとびたち、楽しげにさえずりました。

 

そして私は朝焼けの真っ赤な雲の後ろに姿を隠しました」 

                 

katokt(katoukui@yahoo.co.jp)

(c) 2003 katokt プロジェクト杉田玄白正式参加作品(http://www.genpaku.org/)

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